見てる、知ってる、考えてる(中島芭旺)2016年

<この本から得られること>

・10歳なりの少年の視点と考え方を、率直で洗練もされている文章表現

・日本の教育にしくみについて、考えさせられるきっかけ

 

<こんな本>

「10歳の男の子が書いた自己啓発本」というキャッチコピーがつけられている、詩集のような内容です。

 

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ツイッターやテレビなどのメディアで有名になった著者ですが、さぞかしIQの高い天才少年なのだろう、という期待を込めて文章を読むと、ちょっと肩透かしを食らいます。文章表現の語彙や科学・社会などの知識については、この本に記述されている範囲では10歳の少年そのまま、もしくはプラス数年です。

ただ、その純粋な少年の素直な表現が詩のようにも感じられるリズムとなり、各文章は短く簡潔していながらも1文に1つの大切な要素がしっかり伝わります。

それぞれの文章をどう感じるかはもちろん読者それぞれによりますが、やはりところどころ「子どもだな・・」と感じてしまうものも見受けられるでしょう。
しかし、かなりの割合で、大人たちがこれまで出会ってきた(自己啓発的な)気付きをズバッと率直に述べられることがあり、何度もハッとさせられます。
禅や仏教などの東洋思想に通づる結論にもしばしば達していて、著者は日々の生活で禅問答(のようなもの)を繰り返していることが伺えます。

それは著者が天才だからというより、特殊な学習条件を自ら選び取ることができたり、同世代の友人と交流する機会が限定的であることなど、環境による要因が大きいかもしれません。
そういう環境条件のもと、自問自答する時間と、それを言葉での表現を試みる時間を持てたのだと考えられます。

ひるがえって自分たち(筆者含む、この本を読んでいる大人たち)も、かつての小学校に通っていた頃そのような疑問・自問自答は実はたくさんあったはずです。
それを言葉で表現する前に、日々の学校生活(勉強、体育、行事など)と、同世代の友人と遊ぶ際の同調圧力、先生や親からのしつけ・言いつけにより、飲み込んでしまったことが多かったように思われます。

あの時、それをもっと豊かな語彙力で表現して残しておけたら・・と少し後悔もしてしまいますが、そんな自分たちの小学生時代を思い出し、自分たちも「小さな哲学者」だった(今も時間さえあればそうである)ことに気づかせてくれる、そんな1冊です。

 

<ハイライトフレーズ3選>

・(まえがき)この本は僕です。(あとがき)本を書くということは、自分という人間を知るという事。

・おなじばしょでも ちがうほうこうをみれば またちがうけしきがみえる。

・人生つまるところ神様は自分なのだと知る為にあるのだ。

 

<参考サイト>
ガイダンス・コラム記事一覧@二十四節気

 

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