日本の歴史をよみなおす(網野善彦)1991年

人・自然 境界に見る 転換は
十四、五世紀 動乱の果て 

 

<この本から得られること>

・現在の日本人のベースとなる精神が、十四世紀頃を境にまったく変容してしまった事例や理由分析

・えた・非人など差別の対象となった人々のルーツや、女性が抑圧されてきた(またはそうでない時期もあった)歴史

・天皇と国家体制の関係性の中世における変遷

 

<こんな本>

自然と人間との関わりの変化を描く『もののけ姫』の宮崎駿氏に影響を与えた歴史家が、「日本人の源流は稲作農民」という主流の歴史観を批判し、支配者層でない人々の暮らしから俯瞰的に再考察したものをまとめています。

 

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十四世紀以前は集落の様子が「散村」の状態であり、江戸時代や現在イメージするような行政単位にもなる「村」のように集まって暮らしていなかった事実を皮切りに、十四・五世紀が、日本人の精神構造がガラっと変わる、社会構成史的・文明史的・民族史的の大転換期と考えます。

日本の社会は、文字社会=文書の世界は非常に均質度が高い一方、無文字の社会=口頭の世界の多様さに気づき、漢字(律令制の象徴)・平仮名(文学や一般普及の役割)・片仮名(口頭を写す)のそれぞれ発祥と役割から社会構造の変化を推察しています。
また、モノとモノの交換は、虹が出たところ・河原・坂など日常と縁が切れ神の世界とつながった状態の場でのみ行われる習俗を、「市場」の原点としています。

さらに、鎌倉新仏教の勧進(寺社などの修造のために寄付を募ること)により、贈与互酬を基本とする社会の中で、神仏との特異なつながりをもった場・手段によって行われていた商品交換・金融が、一神教的な宗派とのかかわりで行われるようになってきたことも、日本にキリスト教など強烈な一神教が根付かない一因であることを思わせます。

現代(中世以降)差別の対象となっている人々は、元は神の領域に近い特別な職能集団が、十四世紀頃から人々の自然への畏怖が薄れ、現在の常識的な穢れ=汚れの感覚に陥ったことによると推論しています。

天皇についての章では、中国に倣った政治的な「皇帝」かつ宗教的な「神の子孫」という2つの顔を持つこと、天皇も世襲制の職業のひとつという見方などを参考情報として指摘し、南朝が生きながらえたことと天皇の権威が明治で復活したことを結びつけて問題提起しています。

 

<ハイライトフレーズ3選>

・均質な文字社会の表皮をはがしてしまうと、じつはきわめて多様な民族社会が姿を現すということになる。

・天皇が十四世紀の動乱後、まったく権力を失い、権威もおおいに低下しながら、なぜ生き延びられたのかという問題と、日本の社会に、このような一神教的な宗教がなぜ根付かなかったのかという問題とは、たぶんその根は同じなのではないかと思うのです。

・病気のとらえ方、動物に対する接しかたの変化などに見られるように、人間と自然とのかかわり方がいまや人類的な規模で変化しつつあることのあらわれが、日本の社会にもはっきりとおこっています。

 

<参考サイト>
ガイダンス・コラム記事一覧@二十四節気
もののけ姫の世界『日本の歴史をよみなおす(全)』網野善彦
『もののけ姫』の元ネタの一つ。網野善彦『日本の歴史をよみなおす (全)』 (ちくま学芸文庫)

 

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