モモ(ミヒャエル・エンデ)1973年

取り戻す ”生きる”時間の 喜びを
劇場跡の 少女が駆ける

 

<この本から得られること>

・心に余裕をなくした人間の愚かさ、すなわち現代人への風刺

・「時間」という不思議な概念の解釈:「時間とは生きるということそのもの」「人間ひとりひとりがそれぞれ持ち、本当に自分のものにしている間だけ、”生きた”時間となる」

・話の中の空想物語や、時間についてイメージした美しい内面世界の、壮麗な表現力

 

<こんな本>

(※ネタバレ含みますが、ストーリーの帰結には触れないようにしています)
副題「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語」とあるように、モモと呼ばれる10歳前後の浮浪児を主人公とした、近所の人々との心温まる交流と、街の人々に異常(効率ばかり追求してイライラせっかちになる)が広がっていくのを阻止するストーリーとなっています。

 

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相手の話をじっくり待つことができる特殊能力を持つモモが、近所の人々の悩みを聴くだけで問題が解決していったり、2人の親友:おしゃべりで空想話が得意な観光ガイドのジジ、誠実さのあまり話すのが遅すぎて頭がおかしいと思われている掃除夫のベッポとの交流の中の素敵な話、モモの住む古代円形劇場跡に集まる子どもたちが遊びを創り出していく様子が序章です。

ある時期から全身灰色の謎の男たち(時間貯蓄銀行の外交員=時間どろぼう)が街に現れ、時間の節約を説いた営業トークにそそのかされた人々は、日々の仕事や生活のあらゆる場面で時間を惜しみ効率的になるほど怒りっぽくなっていきます。
子ども達にも影響が見られ、異変に気づいたモモ・ジジ・ベッポは、なんとかしようと子ども達と一緒にデモ行進をしますが、なんの効果もありません。

時間どろぼうと対峙していたモモが彼らに連れ去られそうになるところ、”時間を司る人物”に導かれて危機を逃れ、その人物から時間についての真実を教わります。(その場面の荘厳な詩的表現が秀逸です)
そうして再び街に戻ったモモの奔走により、物語が動き出します。
シュールレアリズムの画家を父に持つ著者自身による挿絵は(数こそ少ないですが)、この物語の少しファンタジーな世界観をイメージする助けになっています。

 

<ハイライトフレーズ3選>

・世の中の不幸というものはすべて、みんながやたらとうそをつくことから生まれている、それもわざとついたうそばかりではない、せっかちすぎたり、正しくものを見きわめずにうっかり口にしたりするうそのせいなのだ

・人間というものは、ひとりひとりがそれぞれのじぶんの時間を持っている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。

・(このモモの物語を)過去に起こったことのように話しましたね。でもそれを将来起こることとしてお話してもよかったんですよ。わたしにとっては、どちらでもそう大きなちがいはありません。

 

<参考サイト>
ガイダンス・コラム記事一覧@二十四節気
きっと驚愕するはず。忘れていた『モモ』の名言@NAVERまとめ

 

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